なかまの声では、個人の考えや想いを尊重し、インタビューを元にそのまま掲載しています。
リンネットが特定の治療法や物品を推奨するものではありません。
ご自身の治療は、主治医や医療者とよく相談して決めるようにしてください。

水田悠子さんのストーリーの後編です。子宮頸がん治療中、左脚にリンパ浮腫を発症し、復職から数年は「脚のために生きなきゃと思っていた」と語る水田悠子さん。浮腫との付き合い方もわかってきた7年後、一念発起し、 (株) encyclo(エンサイクロ)を創業。見た目にも美しい医療用弾性ストッキングを世に送り出しました。浮腫の呪縛から解放された水田さんは私生活でも、「あきらめていた、やりたかった」ことにチャレンジしたいと、115キロを歩く「スペイン巡礼の旅」を決行したのです。前編はこちら▶︎▶︎▶︎

リンパ浮腫でも115キロを歩く!「スペイン巡礼の旅」へのチャレンジ

水田悠子さん(株式会社encyclo 代表)
[下肢リンパ浮腫]
40歳。東京都在住。パートナーと同居。
2012年5月、29歳で子宮頸がんⅠb2期(腺がん)と診断。広汎子宮全摘手術と両附属器切除、リンパ節郭清、化学療法。化学療法中から左鼠径部に違和感があり、リンパ浮腫と診断。複合的治療に加え、3度のLVA(リンパ管細静脈吻合術)を受ける。
勤務していた株式会社ポーラに復職後、2020年に社内ベンチャー企業として(株)encyclo(エンサイクロ)を創業。

リンパ浮腫を理由にあきらめていたことに
今、挑戦を始めているそうですね

私には、あきらめていたことで挑戦したいことが3つありました。
1つは、和服で出かける。
1つは、ヨーロッパへ行きたい。
1つは、今流行りのサウナ遊びで「ととのう」をやってみたい!

昨年は「和服を着て出かける」に挑戦しました。
数年前にサイズの合わない足袋を履き、足首がパンパンに腫れてしまった経験から、足袋や草履の靴擦れは足に負担をかけると、ずっと躊躇していたんです。
でも、リレーフォーライフというがんのチャリティイベントの一環で、「リンパ浮腫の仲間同士でおしゃれな浴衣を着て、川越の街を練り歩く」という取り組みを知ったとき、どうしても参加したくなりました。

当日はご自身もがん経験者という呉服屋のおかみさんが、リンパ浮腫の方でも負担にならないよう気配りして、上手に着付けをしてくださって。
10名近い参加者の足元は、弾性ストッキングや足袋型ソックス、スニーカーなど、思い思いのスタイルで、私は足袋を履かず、オープントゥの弾性ストッキングに下駄にしました。
台風による大雨でしたが、お互い声をかけながら楽しく川越の町並みを満喫し、気づいたら10キロ近く歩いていました。不安に思っていた症状の悪化が無かったことも自信になりました。

みんなで浴衣を着て川越の街を散策

足元は思い思いのスタイル

アジアから外へは一生出られないと思っていた

もうひとつの挑戦はヨーロッパへの旅です。

リンパ浮腫を発症してからも、毎年大好きな台湾へ旅行していたのですが、数年前、帰国してから数日後に、左右差4センチまで左脚が腫れてしまいました。
飛行機が原因だと思い込み、「3時間で腫れてしまうなんて、もう遠くへはいけない。アジアから外へは一生出られないんだ」と、かなりへこんでいたのです。

挑戦しようと思った最初のきっかけは、リレーフォーライフ川越の実行委員で浴衣イベントを企画された、ana治療院の院長、穴田佐和子先生から、「リンパ浮腫の人たちでホノルルマラソン10キロを完走した」という話を聞いたこと。
穴田先生ご自身も下肢のリンパ浮腫なのです。
「え? 浮腫でもハワイへ行けるの? さらにマラソンまで?」。
衝撃を受けると同時に、私にもまだチャレンジできることがたくさんあるかもしれない、という思いが募りました。

まるで運ばれるように実現した「スペイン巡礼路」

リンパ浮腫の方のためのブランド「MAEÈ」を立ち上げて3年の間に、リンパ浮腫であっても輝いている素敵な方とたくさんお会いし、刺激を受けていたこともあります。
ブランドと同様に、私自身ももっと前進したいと願っていたころ、キリスト教の3大聖地の1つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩く「カミーノ・デ・サンティアゴ(通称カミーノ)」という巡礼路の存在を知り、なんとしても行ってみたいと思いました。

昨年、カミーノのことが書かれた書籍を偶然読んで、興味を引かれていたら、たまたま会った友人が、「カミーノにほれ込んで、友人たちをカミーノに連れて行くことを仕事にしている」と言うのです。
「これは運命の巡り合わせだ!」とピンときました。

次のゴールデンウィークに行く予定があると聞いて、ここでも運命を感じました。
がんの告知を受けたのも、起業したのもゴールデンウィーク。どちらも人生の大転機だったので、「呼ばれている」とさえ思えました。

カミーノには、ヨーロッパ各地から向かう様々なルートがありますが、最も巡礼者の多い「フランス人の道」は全長約800キロあります。
私がチャレンジしたのは、そのルートの終盤、スペイン西部のサリアという街から、ゴールのサンティアゴ大聖堂までの115キロを約5日間で歩くルートです。
スタート地点のサリアまでは、飛行機3本と長距離バスを乗り継ぎ、2日間近くかけてたどり着きます。私にとって、そんなにも長時間の移動も、1日に20キロ以上を歩くことも、リンパ浮腫になって以来、初めての大チャレンジです。

普通に考えても過酷な旅程ですね
主治医から反対されませんでしたか?

リンパ浮腫の主治医に反対されるかと思いきや、「いいじゃない、応援するよ」と。
思い立つと突き進む私の性格をご存知だからか、「何が何でもゴールを目指そう、自分の脚で歩ききらないと、と思わないこと。スタートしている時点でもう目標は達成しているんだから! 無理せずに帰ってきてね」と送り出してくださいました。

医療者チームのアドバイスも受け、入念に準備し、いざ巡礼路へ

主治医の勧めもあり、ana治療院で穴田先生に診ていただいたところ、親身に旅の相談に乗ってくださいました。
まず飛行機やバスの移動、山道を歩く、宿での就寝時など、現地での様々なシーンに応じたケア方法とおすすめのグッズ。また、機内や現地のフリータイム、就寝時などシーン別にストッキングの選び方や重ね履きの工夫などを、具体的に提案していただきました。

靴選びも大きかったと思います。トレッキングシューズを選んでくれた登山専門店の店員さんは、靴や足のスペシャリストのみならず、リンパ浮腫についても知識がある方で、私の足の状態に合わせて、ひもの結び方やインソールの調整、痛くなったときの緩め方などを細かくアドバイスしてくれたのです。

様々な種類の弾性ストッキングを厳選してバックパックに詰め、
飛行機に乗る前にはハイソックスを重ねた

自分でも、巡礼に行った方のブログやアウトドアショップで情報収集し、脚や肌を守りながら、元気に歩くことができる方法をたくさん考えました。

バックパックを背負って歩くので、荷物をいかに軽くするかは重要でした。
まず弾性ストッキングは最重要アイテム。色々なシーンに対応しながらもかさばらないよう、厳選したものを圧縮袋に詰めました。
宿泊するアルベルゲという巡礼者専用の宿泊所は、南京虫対策も必要と聞き、薄手の寝袋と虫よけシートも持参。リンパ浮腫の身で刺されたら大変ですから。
そのほか常備薬や保湿剤など、浮腫対策グッズを優先して、なんとか4.5キロの軽量に抑えることができました。
ただ到着してみたら、1日数ユーロでその日の宿にバックパックを届けてくれるサービスがあることが分かり、おかげで身軽に歩くことができました。

からだに弱点を抱えていることはマイノリティではなかった

毎日、朝から20キロほど歩き、14時ころ次の街に到着するという工程を5日間。現地で調達したストックを手に、美しい景色や現地の食事を楽しみながら歩き、気づけば、大きなトラブルもなく、最後まで自分の脚でゴールすることができました。

巡礼路では多くの人が、マメや靴擦れ、筋肉痛に苦しみ、絆創膏や湿布、テーピングや包帯が手放せません。からだに弱点を抱え、ケアをしながら過ごすことは、少しもマイノリティではなかったのです。
それどころか、お互いのウィークポイントを思いやる空気があり、私がリンパ浮腫という持病を抱えながらチャレンジしていることに、エールをもらう場面が何度もありました。

現地でストックを調達し、115キロの旅路がスタート

おいしいスペイン料理も旅の大きな楽しみ

これまで運動習慣がなく、出発の数か月前からパーソナルトレーニングを始め、体力づくりを意識していましたが、長距離を歩くのは初めてでした。
それでも筋肉痛以外のトラブルが起こらなかったのは、リンパ浮腫を抱えているぶん慎重に準備とケアをし、毎日「自分の状態をよく観察、意識して無理をしないこと」を徹底していたからかもしれません。

浮腫が悪化することへの「心構え」をしていましたか?

もちろん、道中に悪化する覚悟をしていました。今回は大きなトラブルは無かったのですが、現地で蜂窩織炎(ほうかしきえん)や、浮腫が悪化してしまったときのための対処法を準備していました。
たとえば現地で医療にかかるときのために、リンパ浮腫や自分の症状についての説明を、英語とスペイン語に翻訳しておく。炎症が起きてしまったときのために、主治医が処方してくださった抗生剤や、簡易的に氷嚢をつくれるビニール袋や輪ゴムなどを持参する、などです。

さらに、その日の街に到着したとき、シャワーを浴びるとき、翌朝歩きだす前などに、赤みや熱をもっているところはないか、マメや靴擦れはできていないか、重だるさや疲れがひどくないかを、毎日必ず確認しました。
一つでもあったらその日は歩くのはやめ、バスで次の街へ移動するか、巡礼の旅をやめて旅行に切り替える「プランB」は常に念頭に置いていました。

不測の事態も覚悟の上。心構えがあったので、たとえ途中で断念し、医療のお世話になっても、以前のように「私はもうどこへも行けない」と落ち込まないでいられるのではないかと思います。

厄介なものだった「自分の脚」が誇らしいほど大好きになった

「アジアから外へは一生出られない」とまで思い詰めていた時期もありましたが、すべての行程を自分の脚で歩ききってゴールした時は、言葉で言い尽くせないほど自分のからだが愛おしく、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
浮腫になってから、私は自分の脚を「厄介なもの」とか「弱点」と思っていたけれど、「この脚は、こんなところまで自分を連れてきてくれたじゃないか」と、誇らしく思いました。
それに運動が苦手だった私は、浮腫にならなかったら人生のなかで巡礼路を歩いてみようと思うことも、からだの素晴らしい機能に気が付くこともなかったと思うのです。

5日間かけて、見事サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着!

感動の巡礼証明書

帰国してからの脚の状態はいかがですか?

帰国後すぐに穴田先生の治療院を受診し、脚の周径の計測をしたのですが、驚くべきことに悪化するどころか、出発前より4センチも細くなっていたんです。
先生も驚いて何度も測り直していました。しかも浮腫ではない右脚も細くなっていました。毎日20キロを5日間歩いて、かなり筋ポンプを使ったと思います。いかに運動が大切かということですね。脂肪が減ったこともむくみにも良い効果があったようで、嬉しい驚きでした。

今回の旅で運動の大切さを認識したので、パーソナルトレーニングは続けています。浮腫になると脚や腕など、浮腫の部位だけに気をとらわれてしまいがちですが、今はリンパ浮腫の状態を「からだのバロメーター」のようにとらえています。
少し悪化したら睡眠不足や、お酒や塩分の摂り過ぎかなと、体調全体を振り返るようになり、全身を整えることで浮腫の状態も良くなると感じています。

海外のフットケア事情を垣間見て、新たな野望も!

旅の収穫はそれだけではありません。ヨーロッパはフットケアやリンパ浮腫のケアが進んでいると聞いていましたが、実際に街中にフットケア用品専門のお店や売り場があり、中にはオーダーメードの弾性着衣をつくれる方が常駐しているお店もあって、日本との違いに刺激を受けました。

これまで日本発の良質な製品を開発してきましたが、街を散策するうちに、「足の先進国といわれるドイツや世界をもっと見てみたい」、「良いものを日本に持ち込みたい」、逆に「日本で生まれた優れた製品を世界に広げたい」。
そういった野望が芽生え、今ワクワクしています。

街中にはフットケア用品専門のお店や、足のモチーフもたくさん

旅を終えた今、気づきや変化はありましたか

浮腫になってから、あきらめの境地にいて、ふてくされていた時期が長く、そんな自分が嫌でした。
それでもたくさんの人に支えられ、失敗も覚悟のうえで、「準備や工夫」をすれば実現できることもある。浮腫でも「やりたい」をあきらめなくていいとわかると、目の前の可能性がぱっと広がりました。
これも浮腫に苦しんだから気づけたことだと思います。

今回の旅で飛行機への苦手意識も無くなりました。
高温は浮腫に良くないというイメージがあった「サウナでととのう」も、実はこの夏、北海道でサウナ付きの民泊に泊まり、低温&超短時間からプチサウナ体験をしてきました!
「ととのう」まではいかなかったのですが、サウナガウンや帽子もつけて楽しい体験でした!
今度は北欧へ飛び、本場フィンランドで実現させたいと思っています。

【ご案内】
水田悠子さんの巡礼の旅は
リンネット&(株) encyclo コラボイベント
「リンパ浮腫だけどやってみた~スペイン巡礼115キロの旅」【オンライン】
でもご本人からお話いただきます。さらに詳しく知りたい方、「リンパ浮腫と旅」にご興味がある方、ぜひご参加ください。後日アーカイブ配信もあります。
◆日時: 2023年11月5日(日)10時~12時
◆お申込み及びイベントの詳細は以下URLから
https://lymnet-challenge1.peatix.com/

(聞き手・山崎多賀子)